〜CAPD導入体験記〜(旧サイトから修正移植しました)
...イヤになるほどの長文です...
■CAPD治療を行うには、事前に『テンコフカテーテル挿入術(留置術)』といわれる手術を行います。私の体験談などを読んで、どういった手術なのか理解してください(病院により手術方法は多少異なります)。
まずは...
▼2001年2月23日(入院)から3月16日(手術当日)までの術前検査と、術後の主な検査です。
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○採血…
動脈採血(入院直後)が1回、手甲からの通常の採血は約1週間おきでした。
○検尿・検便…
入院すると尿は専用の尿測定装置 (ウロゼント等)に捨てます。入院中、検尿は数回ありました。検便は入院後1回ありました。『24時間クレアチニンクリアランス』といって、採血と採尿(24時間蓄尿)で腎機能の評価を行う検査もあります。
○心電図…
経験済みの方も多いでしょう。ベッドに寝てるだけであっという間に終わります。
○レントゲン…
胸部・腹部・その他レントゲン撮影は退院するまでに20〜30枚くらい撮ったかな?手術室では、お腹の中に留置したカテーテルに位置異常がないかなどを調べるため、その場で撮影します。
○骨X-p…
この検査は、透析を始めると骨がもろくなるので、頭や肩や手など、全身数カ所〜10数カ所をレントゲン撮影し、骨の状態を調べます。
○心臓エコー…
ハンドスキャナを使い、超音波により心臓の状態を検査します。寝てるだけです。
○腹部エコー…
ハンドスキャナを使い、超音波により肝臓・膵臓・胆嚢・腎臓等の状態を検査します。寝てるだけです。「ハイ、息を止めて〜」などと言われます。
○腹部CT…
ドーナツ型のアレ。X線とコンピューターを使い画像分析し診断する。これも寝てるだけなので特に問題はない。腎不全の患者さんは、造影剤を使用しない事が多い(単純CT)。※HDは除く。
○胃カメラ…
胃カメラは辛い。もうちょっと管が細くならないのかねぇ〜。カプセル型や鼻腔内視鏡等が使用できる病院もある。
○イルリゴ(注腸検査)…
腸内にバリウムを注入しながらX線撮影する。私は思ったより楽でしたが個人差はありますよ。但し、お尻に管を差したまま撮影するので、超恥ずかしい〜(笑)。二度とやりたくない検査の一つ。
○ガリウムシンチ…
炎症部位を確認する検査。ガリウムを注射し、2〜3日後に全身撮影する。ガリウムは、腫瘍や炎症部位に集まる性質がある。40〜50分ベッド上で身動きせずじっとしていなくてはならない。動けないのが苦痛である。ミイラ(←当たり前だが腕はクロスしません)になった気分やね。
○抗生剤テスト…
皮下注射でアレルギー反応を見る検査。
○パッチテスト(テープ)…
テープ(ガーゼの固定等に使用)に対するアレルギーを見極める検査。数種類のテープを腕に貼って反応を見ます。
○検温・血圧測定…
決まった時間に毎日測定。
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以上が主な検査項目。
検査だけで疲れますな。
入院中はこれが仕事なので、文句言わずやるしかないっしょ。
2001年3月9日、いよいよ手術当日です。
オペ室に運ばれ、すっぽんぽんになり、両手を縛られ、血圧計や酸素計等をはめられ、いよいよ執刀という時に・・・
医師「ん〜熱が高いから今日は中止しよう」。
私「えっ?まじっすか?」と心の中でつぶやく。
そうなんです、入院してからず〜とっ微熱(37度程度)が続いていたのですが、オペ当日は37度7分まで上がってしまったので、やむなく中止となりました。
熱が高いと感染症などの恐れがあって危険なのだとさ。
病室への帰り際、オペ室の看護師さんに「来週また来てくださいね。待ってますよ」。といわれる始末。
「オペ室なんか何度も来る所じゃないだろうに...」と涙目...。
パンツ履いて、パジャマ来てストレッチャーで病室へ戻る。
何のためにオペ室に入ったのか?
オペせぬままシラケた空気の中でパンツ履いて帰るのも辛いものがある。(笑)
それから1週間後・・・2001年3月16日
食事は、朝・昼とも禁食。午前中の内に入浴します。その後、病室内で点滴を行い、時間を見て"かんちょ〜〜〜"を行います。(実はオペが中止になった1週間前にもやられているので2度目の浣腸ですね
。
おまけに剃毛も2度やられちゃいましたぁ〜
。※最近は(剃れる人は)自分で剃るみたい。2005年4月に緊急で血液透析を行った際、アロー・ブラッドアクセスカテーテル挿入前に、鼠径部(そけいぶ)近辺を自分で剃らされました。自分で剃ったあとはちゃんと剃れているか看護師さんが確認しますよ。
「自分の毛は自分で剃りましょう!」
その後、適当な時間にドクターが執刀箇所にマジックでマーキングします。
全ての準備が整い、オペ室からお呼びがかかると、いよいよストレッチャーに乗って病室を出発です。
病室を出る直前、麻酔が効きやすくなるように腕に筋肉注射を行います(これは結構痛い)。
ストレッチャーで病室を出発し、通路の天井を見ながらオペ室へ向かう気分って、何とも言えない気分ですよ。
オペ室の待機室に入ると、先週担当だった看護師さんの1人と再会しました。
私「こんにちは。また来ましたぁ」。
私がさっさとパジャマを脱いでいくと「さすが分かってらっしゃる」と看護師さん。
私には「学習能力」があることを証明した瞬間だった。
オペ室に入り手術台に乗っかる。必要な機器を装着する。看護師さんに「音楽はこれでいいですか?」と聞かれる。
そうなんです、オペ室にはCDラジカセが置いてあり、患者さんの好きなCDや音楽を流してくれるのです。
私は「あっそれでいいです」と、すでに流れていた曲を聴くことにした。
流れていた曲は、小野リサさんのボサノバ系の曲だった。ヘビメタや葬送行進曲じゃなくて良かった...ホッ。
当時、麻酔は局所麻酔で、医師と話をしながら手術を行っていました。また、胸のあたりに囲いがあって自分のお腹は見えなくなっています。
まず二人の医師がイソジンを使いお腹を十分に消毒します。塗られている感触が気持ち悪いです。消毒が終わると、透明のテープをお腹に貼り付けます。次に局所麻酔を注射します。多少痛いですが「チクッ」とする程度です。
いよいよ執刀です。お腹の表面をメスで切ったあと、今度は電気メスを使いお腹の中を切っていきます。ある程度メスを入れた時に、な〜んか気持ちが悪くなってきたので、担当の看護師さんにその旨伝えました。 血圧が下がったためのようで、腕に注射(何だろう?)をしてもらいその後は楽になりました。
いよいよカテーテルを挿入します。ダグラス窩(か)と呼ばれる、腹腔の中でも一番奥深くにある「窪地」みたいなところにカテーテル先端を留置します。
ダグラス窩(か)にうまく挿入するのは結構難しいみたいだけど、私の場合は一発で挿入できました。(当時の挿入術は医師のカンでダグラス窩に留置していた)
ダグラス窩(か)に挿入できたかどうかを判断するのは、肛門付近に痛みが走ったかどうかで判断します。 痛みが走るのは勿論患者の肛門ですよ。執刀医の肛門に痛みが走る訳じゃありません。(笑)
肛門に痛みが走るのは、ダグラス窩(か)がちょうど直腸の近くにあるためで、ここをつつかれると肛門が痛いのであ〜る
。
僕の場合も痛みが走りましたが、その痛みは軽微な物でした。ホッ。
カテーテルの挿入が終わり、管の先をお腹から出して、創部を縫い合わせ手術は無事終了。思ったより早く終了しました。1時間もかからなかったみたいですね。
※どのタイミングで行ったか忘れましたが、カテを留置したあと透析液を注液し、注排液が正常に機能しているかどうかの確認を行います。
手術後すぐに、お腹のレントゲンを撮ります。これは正常な位置にカテーテルが留置されているかどうかを調べるためです。(2001年時点での話)
レントゲンが終わると、前あきの病衣を着てストレッチャーで病室へ戻ります。
手術室を出る際、主治医(女医さん)から、「美しいお腹でした。素晴らしい」な〜んていわれました。私のお腹は脂肪が殆どついてなく、執刀もらくちんだったらしいです。しか〜〜〜し、この脂肪がない身体(お腹)があとから面倒なことになるのだ。
病室(個室)に戻ると、麻酔の影響で頭がボ〜〜として変な気分。
すぐさま透析液500mLをお腹に注入し、お腹の中を洗浄します。
お腹から出した透析液は“排液”といいますが、手術直後はこの排液が出血のために少し赤くなります。何度か注液・排液を繰り返す内に赤みも治まりました。この間、液の交換は全て看護師さんが行います。
洗浄している間に、夕食が届きました。しかし、1週間前にオペが中止になった際、個室に戻ってきて食事をいただいたのですが、手術前の筋肉注射の影響で?胃が受け付けず、ゲロピ〜になってしまったことを思い出し、オペ当日の夕食は食べずに過ごしました。
オペ当日の夜は、2時間おきに透析液の交換(「バッグ交換」という)を行います。当然ながら眠れません。寝不足になるのは必至。
透析液をお腹に注入する時って痛みはないのですが、排液時は肛門のあたりがかなり痛みます。術後数日は、飛び上がるほど強烈な痛みです。その時は、クランプを調節し排液のスピードを緩めたりしますが、まぁでも痛いのはそれ程変わりませんけどね。(1ヵ月くらい痛みは続きますし、その後もたま〜に痛くなる時があります)
また、プライミング(エア抜き)がしっかり出来ないまま注液すると、お腹の中に空気が入ります。
そうすると不思議なことに、右肩が痛くなり、腕が上がらなくなりますよ。
これはPD患者にしか体験できない不思議な症状です。
オペ後1日目は、500mLの透析液をお腹の中に3時間貯溜します。500mLといっても慣れていないせいか、結構お腹がぱんぱんに張って苦しい〜。術後間もないせいか、お腹の傷口が痛むし、くしゃみも出来ません。お笑い系のテレビ番組は絶対見れませんね。
オペ後2日目は、透析液を750mLにアップし、1日6回交換(4時間おき)になります。お腹が張っているせいで、食事もあまり食べられずに、体重が50.9kg(当時の平均体重は53キロ前後だったかな)まで落ちました。
オペ後3日〜4日目は、透析液を1000mLにアップし、1日6回交換(4時間おき)になります。
オペ後5日目(3/21)は、個室を出て6人部屋へお引っ越し。まだ、車椅子でしか動けません。透析液は1500mLにアップし、1日5回交換になりました。
これまでは個室でバッグ交換を行っていましたが、この日からは車椅子に乗り、CAPD交換室でバッグ交換を行うようになりました。
オペ後6日目も1500mLで5回交換でした。
オペ後7日目からは、いよいよ2000mLの液を入れ1日3回交換(8時間おき)になります。この2000mLの3回交換が私の場合は基本となります。1500mLの時もお腹が張って食事も入らず苦労したのですが、2000mLにアップしてからもきつかったですね。カテーテルの出口部(お腹)からは浸出液も出て出口部の治りが悪いことが判明。
手術の際に出来た「創部」とカテーテルの出口部分は毎日イソジンで消毒して、ガーゼまたは優肌(ゆうき)パッドという絆創膏みたいなヤツで保護するのですが、消毒液のイソジンに被れ傷口がおもわしくない。それで、消毒液を“マスキン”に変更しました。
手術後2週間経って、注液・排液は順調にこなしていたのですが、相変わらずカテーテルの出口部がおもわしくない。歩く時も痛くて、まともに歩けない状態が続いていました。主治医の話によると、私が痩せててお腹の皮が薄いため、カテーテールを取り巻くお腹のお肉がなかなか盛り上がってこならしい。
出口部以外は、体調も良く透析もうまくいっている。4月に入りいよいよあと1週間程度で退院か・・・と思っていた矢先。
ガ〜〜〜〜ン!CAPDで一番怖い“腹膜炎”になってしまった!
2001年4月2日(月)の出来事です。朝一番の排液を検査したら、細胞数(単核球+多核球)が3分の300を超えていた。単核球に対して多核球が優勢な場合、腹膜炎との診断が下されるようです。
腹膜炎と分かると、緊急治療に移ります。お腹に貯溜している透析液を排液。そして新しい液を注液、そしてまたすぐに排液。この注液、排液を3度繰り返し、お腹の中を洗浄します。
洗浄が終わると、お腹の中が空の状態で、お腹から出ているカテーテルのジョイント部分から先のJMSエキステンションチューブを新しいものに交換します。これはチューブ“細菌”によって不潔になっているため。
新しいカテーテルを付け替えると、透析液を注入します。JMSペリセート360・2000mLを4時間おきに交換します。この4時間交換が結構きつくて、夜中の2時・3時や明け方の4時頃にバッグ交換を行う必要が出てきますので、寝る暇はありません。これが1週間続きました。尚、透析液の中には、ヘパリン2000E・Tob10mg・CEZ0.5gといった抗生剤を注入しています。(2001年当時)
腹膜炎になると透析液の中から何らかの菌が検出されます。この菌は、空気中にいる菌や皮膚に付着している菌、また、腸の中にいる菌などが、カテーテルや出口部、皮下トンネルから進入して腹膜に炎症を起こさせます。
しかし、私の場合はこの“菌”の検出がなくて、どうして腹膜炎になったのか原因不明でした。考えられる原因としては、カテーテルや透析液に対するアレルギー反応があります。
お腹の中に入っているカテーテルは“シリコン”で出来ていて、まれにこのシリコンに対してアレルギー反応を示す人もいるそうで、私もその一人かも知れません。
結局、原因は特定されませんでしたが、腹膜炎は1週間程度で治癒しました。ただ、腹膜炎を起こすと、腹膜にダメージを与えることになり、これを繰り返すと透析効率などに悪影響を及ぼす恐れもあり注意が必要です。
更に、腹膜炎を何度も発症していると硬化性腹膜炎等になり、CAPDを断念せざるを得なくなったり、生命の危険にさらされることがある事を知っておく必要があります。
腹膜炎になったため退院が2〜3週間伸びました。それまで4時間交換だったのが4月9日から6時間交換に変更。これは細胞数が3分の30程度に低下したためです。薬液は注入しています。
4月11日からはようやく8時間交換に戻りました。薬液(抗生剤)は中止となりました。
その後、細胞数も3分の10以下に落ち着いてきたので、4月27日に退院となりました。
ただ、腹膜炎になったため退院直前の検査、PET・PDC・窒素平衡等の検査が出来ませんでした。このため、退院後1カ月程度時間をおいて改めて検査を行うことになりました。